ここほんの数世紀で、人間の頭の中は、かなり「仕事」に侵食されている。
- 仕事ができる人間でありたいと思う。
- 何よりも仕事を優先しがち。
- 仕事ができないことをやばいと思う。
- 仕事ができるかどうかで人を評価する。
- なんでも仕事にしようとする。
- 時間を効率的に使おうとする。
- 仕事の先に幸せがあると思っている。
- 子供も就職できる人に育てようとする。
親の修業は、子供に残念な顔をしないこと。
成績が悪いぐらいで残念な顔をしないこと。「気にしてないよ」と言いながら、顔が残念だと言っていたらまだまだ修行が足りない。
子供に劣等感を持たせる最大の原因が親の残念な顔。
あなたがいるだけで幸せだよと表現し続けるのが親の修行。
逆に子供のころ親にされてショックを受けた出来事があるとしたら、なるべく許してあげるのがいい。
何か言うタイミング、何かあげるタイミング、兄弟の扱いなど、忘れられないことが何かあるかもしれない。
でもそれは、おそらく親が意図的にやったことではない。
何かタイミングが悪くてたまたまそうなっただけのことか、親の親からされてきたことを親がまたやっただけのことだったりする。
我々ができることは、残念な出来事の連鎖をなるべく自分のところで断ち切ること。
住宅ローンなんて相当の覚悟でやるもんだろうと思っていたころがありましたね。子供の時とか。
「借りた金は返せ」とか、貸す側の意見しか頭になかったんだろうなと思う。
借りた側としては、積極的に踏み倒しに行くつもりはないけど、「借りてしまえばこっちのもの」ではある。
子供がコップの水にストローさして「ブクブクブクブク……」をしてたら、「肺活量鍛えてるね」と思って見守ります。世界中の子供たちがもっと肺活量を鍛えたらいいと思います。
結果はコントロールできないものなので、心配はほどほどに。
子供が受験に合格するかどうか結果はコントロールできない。でも結果がどうなろうと引き続き子供を見守っていくという自分の姿勢は変わらない。どうなろうと大丈夫にするという自分のやることは変わらない。
自分のやることを考えるのです。
子供の興味は下手に誘導しないほうがいい。先回りもしないほうがいい。後ろからついて行って興味深いなと観察するぐらいでいい。
そして親は自分のことをやるのがいい。
ポン酢と言ったら味ぽんってなってるのがポン酢にとっては不幸な気がする。おいしいポン酢は好きだけど味ぽんは私はちょっとダメ。子供のころ味ぽんしか知らなくて味ぽんずっとダメだった。
子供はホワイトボードが好き。紙に描けばいいのにと思うけど、気分が違うんだろね。アウトプットしたりコミュニケーションしたりするきっかけになるのでよいです。
ホワイトボードは1000円ぐらいでそこそこ大きいの買える。ペンは100円で3本とか買える。これだけでだいぶ楽しめる。
ごっきーが現れても私は騒がないから子供も騒がない。子供は虫が苦手なようで近寄らないけど騒がない。ただ、たいていの虫は外に追い出してるのでごっきーだけは殺すのを不思議に思ってるかもしれない。